うろ子さんは新しい詩を紡がれた。skznightさんは腋毛に気持ちを託された(僕はskznightさんをどう発音したらいいのだろうと思いながらも、頭の中では、「スカズナイト」さんと母音を足して呼んでいます)。斧屋さんもwesnさんもふっちくんもそうでした。僕もそうで皆そうじゃないだろうかと想像します。これは一般論の話ではないです。その上で、それがそれらが、詩なのか、詩的認識なのか、学的認識なのか、ヲタの知恵なのか、物語なのか、何なのか、という事自体に興味があるかどうかといえば、お喋りとしては楽しくない事もないというところが僕の今の心情です。
skzとしてあるのは“下北沢”をローマ字で打つとやたらと長くなってしまうからです。
http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%9C%E6%98%8E%E3%81%91%E5%89%8D-Before-Dawn-%E5%B9%95%E6%9C%AB%E5%A1%BE/dp/B00005MT17
アマゾンにありました。
http://d.hatena.ne.jp/skznight/19890930
ちょっとでも想像の手助けになれば。実際にこんな格好いいことをやってるところなのかは僕もちょっとわかりませんけど(苦笑)
当時「下北沢」をチョイスするということには、どういう意味があったんだろう、って思っちゃいました。
>やりきれないそんな時
>ハートのドアたたく街だね
若者にとっての、原宿でも新宿でも渋谷でもなく、下北沢に何かしら求められている役割、意味みたいなものがあったのかなあ、なんて。
商店街の人通りが年々少なくなっていると、下北沢の近くに住んでいる友人が言っていました。再開発反対みたいなのをしたくなる土地なんだと思います。
他のエントリーの話(本気とか本気じゃないとか)になりますけど、僕なんて、ふっちさんの本気の足元にも及ばないと思います……。うろ子さんの熱が急激に上がっているのは大変そうでしたけどちょっと面白かったです(苦笑)。
それと、ここで書かれている文章。僕は好きでしたよ。では、どこかで。
神社ですか。方角が定かでないのですが、ひょっとして公園の傍かなあ。閑静な住宅街にパッとそういう空間があったような記憶がありますが、どこかと混同しているような気も。
今思えば、下北沢のどこか変わってるなって印象は、開発に対する古いものが頑固に残ろうとしている気概みたいなものと、それでも新しいものが塗りこめていこうとする、その平衡の様子からだったのかもしれません。