2009-06-22兼ヲタ、イラネ
■ 日曜日は上野ハロショで

魚臭いエレベーターを抜けるとそこにはたくさんの可愛い神様たちの写真がそこかしこに張り出してある。その桃源郷に群がる男女はみな虚ろな顔をして、自分が崇める神様の写真の番号を紙に書きなぐり、ときには神様に懺悔を告白するようにぶつぶつと愛を呟く。ずっと変わらない光景がそこにはずっとあって、私はその光景の懐かしさと、老いていくヲタ戦士たちの白髪交じりの頭をじっと見守った。
とある写真を見つけた。すっかり女性になった熊井神の写真だった。
「あ、これ野呂さんに似てますよ」
「えーそうですか? うーん、そうかなあ……」
「似てますって、ホラ、"会いたかった"くらいのころの」
会いたかった、と呟いた瞬間、店中のヲタが私たちを取り囲んだ。私はしまった!と思うがそれはもう後の祭りだった。抵抗するまもなく取り押さえられる、私とヲタモダチ。虚ろな目をしていた彼らの瞳は憎しみに満ち満ちており、少し抵抗をする私の肩を力任せに抑えつけた。忘れていた。AKBヲタは見つけ次第処刑。それがこの神を崇めるものたちの中の絶対の戒律だった。私は恐ろしさで震え上がる。このままでは処刑されてしまう。今にも殴りかからんばかりの彼らの間を縫って出てきたのは初老の男性だった。どうもこの店でお布施を取り扱っている人らしい。彼はいきり立つヲタ戦士たちに目配せして私たちを解放すると、静かに告げた。
「君たちにいくつか聴かなければならないことがある。正直に答えたほうが君たちのためだ。そして、君たちには今、ある疑いが掛けられている。なにかわかるかね」
「……いえ」
震える唇をなんとか落ち着かせようとする。足も手もガクガクだ。
「ふむ。君たちには今AKBヲタの疑いが掛けられている。AKBヲタがどうなるかは……」
視線を巡らせる初老の男性に答えるかのように、ヲタ戦士たちが口々に叫ぶ。
取り囲んだヲタ戦士たちが雄たけびを上げる。それに初老の男性は満足げに笑った。
「ということだ。だが私は信じているよ。君たちはAKBヲタじゃないとね。……ふむ。ではいくつか質問をしよう」
じっとりと手が汗を掻く。私の手のひらを握りこむヲタ戦士にも絶対にバレているだろう。焦れば焦るほどに脂汗が噴出した。だがここは何とか凌がなければ。私はまだ処刑されるわけにはいかない。
「いいえ」
「君たちの推しメンを教えてくれ」
周囲がざわっとする。その空気を代弁するように初老の男が声を出した。
「DDなのに推しメンがいる……推しメンがいるのにDDと……。まあそれは今回のことには関係ないからよいだろう。そこの彼の推しメンは」
「ボクは……DDです」
兼ヲタ、と口にしたときの初老の男性の口にするのも汚らわしいというような顔とその発言にまた周囲がざわついた。私の腕を押さえつけるヲタ戦士の腕に力が加わったのがわかった。
「ふむ。ではこのまま君たちにやってもらいたいことがある」
パチンと指を鳴らすと後ろに控えていたヲタ戦士がA4サイズの封筒から写真を取り出して床に置いた。写真は秋元康だった。これが。私は思う。これが噂の踏み絵か。ここでヘマをしたら私たちは処刑されてしまう。うまくやるしかない。たとえAKBを足蹴にすることになっても。
「まあ、見ればわかると思うが。この写真を踏んでもらえるかね」
「はい」
私たち二人は素直に応じる。悪いが秋元Pには何の思い入れもない。私が愛でているのは可愛いAKBのメンバーたちなのだ。
思いのほかあっさりと秋元Pの写真を踏んだ私たちに初老の男性は驚かなかったようだ。予想通り、そういってるような顔がやたら憎たらしい。そして踏み絵はこれで終わらない。ヲタ戦士が封筒から写真を取り出して床に置く。今度は、野呂佳代さんの写真だった。くっ。野呂さんならもしかしたら許してくれるかもしれない。私は一瞬の間にそう思う。すべてを受け入れてくれる野呂さんならばきっと。私はここで捕まるわけにはいかない。もっともっとアイドルを見たい。もっともっとアイドルを応援していたい。そしてアイドルたちにとっても私の応援は必要なものなのだ。横をちらりと見るとヲタモダチも大体同じようなことを考えているようだった。真一文字に結ばれた唇と少しだけ顰められた眉。きっと私も同じような顔をしてるに違いない。
「では、どうぞ」
背中を押されるように掛けられた声。かかとに重力が集中しているようで中々足が上がらない。だが。しかし。踏むしかないのだ!
ニヤニヤと初老の男性が私たち二人を見遣る。周囲のヲタ戦士たちは声には出さないものの、周囲に立ち込めた熱が彼らの怒りや憎しみをあらわしていた。
「ふ、踏めますよ」
噛みながらも足をあげる。そして、野呂さんのご尊顔目掛けて足を……下ろせなかった。
床にひれ伏す私に、ふはは、と初老の男性は笑い、連れて行け!と私たちの腕を掴んでいたヲタ戦士に向かってアゴをしゃくった。集っていたヲタ戦士たちが二つに分かれて、その間を私とヲタモダチは進んでいく。通り過ぎるヲタ戦士たちはみな今にも私たちに殴りかかりそうだった。歯をかみ締め、握った拳が震えているものもいる。処刑!と誰かが叫んだ。それを皮切りに、処刑!処刑!とヲタ戦士たちは大声をはりあげ、はやし立てた。終業のベルが鳴り、目隠しされ連れ去られる私たち。私たちの命はもはや、カウントダウン。3・2・1。ハッピーハッピーバースデイ、思い出すのは私の愛する彼女たちの歌声だった。何だか涙が出てきた。本当を話せないし。奇しくも私の誕生日の次の日のことだった。